2015-03-30 ■ 虚偽わたしは或嘘つきを知っていた。彼女は誰よりも幸福だった。が、余りに嘘の巧みだったためにほんとうのことを話している時さえ嘘をついているとしか思われなかった。それだけは確かに誰の目にも彼女の悲劇に違いなかった。又わたしもまたあらゆる芸術家のようにむしろ嘘には巧みだった。が、いつも彼女には一籌を輸するほかはなかった。彼女は実に去年の嘘をも五分前の嘘のように覚えていた。又わたしは不幸にも知っている。時には嘘に依るほかは語られぬ真実もあることを。 芥川龍之介『侏儒の言葉』